総額人件費管理の考え方と手法
関西経営者協会労働政策特別委員会委員長 牧野 明次(岩谷産業取締役社長)
総額人件費管理専門委員会
委員長 小塚 修一郎(住友金属工業取締役専務執行役員)
要約
専門委員会設置の経緯
「総額人件費管理の徹底」と言われて久しい今日、2006年の春季労使交渉は、久しぶりの賃上げ交渉が行われた。
これまで、総額人件費管理に関する議論は、賃上げを抑制する時代にその必要性が求められていたが、実は、賃上げやベアが行われた局面にこそ、改めて検討すべき課題であると考える。
加えて、総額人件費管理の概念や理解にバラツキがあり、実際にどのような取組みがなされているかも意外に知られていないのが実情である。
このような状況の下、本会では2005年7月に「総額人件費管理専門委員会」を設置し、そもそも「総額人件費管理」とは何か、現実にどのような手法があるのか、あるいは総額人件費管理を実践する上での阻害要因などを検討することとした。
概要
第1章 今なぜ、「総額人件費管理」が求められるのか?
総額人件費管理が求められる一番大きな理由は、言うまでもなく経済のグローバル化と、それに伴う急激な経営環境の変化に対応するためである。
そのため、人件費を所与の条件として考えることは現実的ではなくなったと考えられる。売上高が右肩上がりとはなりえない今日、これまで固定的な費用として考えられていた人件費については変動費化を図ることによって、売上げが下方局面にある場合においても一定の収益を確保することが可能であり、こうした変動費化が時代の要請とも考えられる。
そして実際に、企業のなかでは、従来と異なる強制的な人員の削減や賃下げが特殊なことではなくなっている。
このような背景と実態から、本専門委員会では、わが国企業において総額人件費管理の徹底が改めて求められていると考える。
第2章 総額人件費管理に関するこれまでの議論と定義
総額人件費管理については、これまで様々な見解はあるが、統一された定義はない。
そこで、本専門委員会では、次のように定義する。
『総額人件費管理とは、予め、人件費総額と人員を変動できる手法・仕組みを構築し、経営計画に基づいて総額人件費管理を調整できるよう管理することである』
なお、人件費総額とは、月例賃金や賞与・一時金、退職金、企業年金、福利厚生費などの総和であり、人員とは、正社員や契約社員、派遣社員、アルバイト・パートタイマーなどの非正社員、請負やインディペンデント・コントラクターなどの雇用関係のない人員、あるいは労働時間管理という視点も含んだ要素を意味している。
このことは裏を返して言えば、経営計画が達成できないから総額人件費を事後的に調整するということは「対処」であって「管理」ではないことになる。すなわち、「管理」は計画された対応であるが、「対処」は単なる急場しのぎであると言える。要するに、総額人件費管理とは、人件費を変動することができるシステムやツールを事前に構築することで、急激な経営環境の変化に即応できる経営・人事手法であると考える。
第3章 総額人件費管理の理想と現実
事例研究からは、経営環境の変化に合わせて「人件費総額の変動費化」ではなく、人員削減やパート等の活用、新卒の採用抑制など、「人員とその構成の変動化」によって総額人件費を削減したことがわかる。
なぜ、人件費総額の変動費化が機能しなかったのか。その最大の要因は、使用者による一方的な不利益変更を規制する判例法理である。また、労働組合の圧力も小さくはないと考えられる。
第4章 総額人件費管理の手法と留意点
現在の様々な制約があるなかで総額人件費管理を実現するにはどのような手法があり、それを導入する際の留意点を整理した。その中で一番有効な手法は、賞与・一時金の変動費化を進めることだと考える。
総額人件費管理とは、業種・業態、従業員規模、労使関係の特性などによって手法の内容は異なる。ただ、共通して言えることは、総人件費総額と人員の変動(費)化・弾力性を確保することだけでなく、併せて、質と量の両面で優秀な人材を安定的に確保することを両立させることが、総額人件費管理の要諦であるということである。
第5章 政策提言編 〜変更解約告知の法制化を〜
総額人件費管理のより柔軟な手法として、「変更解約告知」の必要性を提言したい。 同制度は、解雇という社会的コストを避ける妥当な解決策としてだけでなく、人事管理の個別化の進展にともなって就業規則の変更法理では対応できない事案の増大にも対応できるものとも考えられる。
人件費総額のなかでも、とりわけ基本給の調整を可能ならしめる変更解約告知は総額人件費管理をより効率的に運用できるツールの一つと言え、同制度の法制化を望むところである。
以上



