これからの研究開発者の処遇を考える

関西経営者協会労働政策特別委員会委員長 牧野 明次(岩谷産業取締役社長)
研究開発者の処遇専門委員会委員長内桶 文清(住友電気工業常務取締役)

2006年6月1日現在

要約

専門委員会設置の経緯

近年、研究開発者をめぐる問題が注目されている。

バブル崩壊以降、企業は事業再構築に努め、必要最小限の人員で従来以上の業務を処理する状況にあり、加えて、成果主義が進展することによって、従業員が発明貢献の対価を要求する意識がこれまで以上に高まっている。また、研究開発者の士気の低下を指摘する調査がある。

このような状況の下、本会では2005年7月に「研究開発者の処遇専門委員会」を設置し、企業が研究開発者の処遇を考えるうえで留意すべき点を整理し、人事労務管理上の参考となるべき報告書を取りまとめることとした。

概要

第1章 はじめに 〜本専門委員会の目的〜

本専門委員会が研究開発者の処遇に着目した理由は次の二つである。

1.技術力の重要性

エネルギー資源に乏しいわが国経済のこれまでの発展を支えてきたのは、言うまでもなく「技術力」であり、その源泉は人材にある。さらに、激化する国際競争を生き残るためには自社製品の差別化・独自性を打ち出す必要があり、そのためには「技術力」が重要なファクターとなり、それはコスト競争力の強化という面においても不可欠である。そのため、企業間での研究開発者、技術者の争奪戦が始まっている。

2.研究開発に関する二つのリスク

研究開発における様々なリスクが存在する中、本専門委員会では、特許や人事的側面において関心の高い次の二つのリスクに焦点を絞って検討する。

知財権に対する報奨金の高騰化と訴訟リスクの高まり

雇用の流動化や従業員等の権利意識の高まりなどを受けて、低額の報奨金を不服とする特許訴訟が近年相次いでいる。さらに、その額は高騰化している。

人材流出のリスク

雇用の流動化や成果主義の進展、経済のグローバル化の進展とともに、有能な技術者の流動化も加速している。雇用の流動化について言えば、自社の人材が社外に流出する機会が増加し、それに伴って個人が有する企業の情報も流出するリスクも高まっている。

第2章 研究開発者の処遇に関する事例検証

賃金・賞与については、多くの企業では他部門の従業員と同一の制度で運用している。

教育訓練・研修については、大学院への進学援助に加えて、近年、MOTに注力する企業が見受けられる。 裁量度については、多くの企業でフレックスタイム制を導入しており、「労働時間」の裁量度が進みつつあるが、「研究内容」の裁量度がある企業はあまり多くない。

職務発明に関する課題としては、発明貢献の評価方法や報奨の算定方式の見直しを進めており、制度面では整備されている。今後は、制度だけではなく、企業が研究開発者のやる気を奮起し、働き甲斐を持たせるような「仕掛け」が必要である。

苦情処理については、実績報奨額に関する異議申立ての機会を与える企業が多い。

秘密保持・情報漏えい対策については、入社・退社時に秘密保持に関する誓約書を交わす企業が多い。

第3章 企業の対応 〜モチベーション向上の視点から考える〜

1.報酬

研究開発者といえども適正な評価のもと昇格・昇級し、それに伴って報酬も上がるという一連の流れは他の従業員と変わりない。したがって、他部門の従業員と研究開発者を区別・優遇した賃金テーブルを設ける必要はないと考えられる。

2.報奨制度

研究開発者がなした職務発明については、自社の報奨制度に基づいて「相当の対価」を支払うことが基本である。その際、改正特許法を踏まえた制度整備、運用が必要である。

これまでの報奨制度は、職務発明に対する対価の決め方が開示されていない事例が多かったが、改正特許法では、その決め方等をオープンな制度へと転換が求められている。

したがって、研究開発に関わる企業の考え方について従業員と十分協議、理解させるとともに、改正特許法を踏まえた報奨金規程を整備することで研究開発者の納得感と、より優れた発明を生み出そうというモチベーションを向上させるような対応が必要になる。

3.評価とキャリアパスのあり方

評価については、一律の評価方法ではなく、研究開発者各々のミッションや課題における個々のマイルストーンごとの成果目標、ゴールまでのプロセス・やり方について個別に十分議論を尽くすことで研究開発者に自立心を植え付け、高度な業務を遂行できるように導くという、上司の指導力やマネジメント力がますます求められる。

また、キャリアパスについては、若手・中堅・ベテランなどに応じたキャリアパスを計画的かつ積極的に検討することが求められる。

4.裁量度

「労働時間」の裁量として、フレックスタイム制度や専門業務型の裁量労働制を導入して企業があるが、新たな課題として、研究テーマの選定や成果目標の決定等について研究開発者に委譲するという「研究内容」の裁量が考えられる。その際の留意点として、研究開発者のニーズや要望、実態を把握する必要があり、管理者と研究開発者の日常的なコミュニケーションがますます重要になることである。

5.名誉

社長賞や技術賞など功労褒賞的な表彰制度に加えて、「フェロー」や「シニア」など役員待遇への登用も検討する必要がある。

また、例えば「シニアスキル(嘱託)社員」として定年後の再雇用制度を充実させることは、中高年の研究開発者のモチベーション向上につながるだけではなく、人材と技術の流出を防止することも可能になると思われる。

第4章 おわりに

〜人事労務部門と知財・研究開発部門の弛みない連携が鍵〜

研究開発者の処遇に関して万全の方策はないが、少なくとも前章で述べた諸施策を講じることが必要最低限必要であり、各企業に応じた対応が求められると考える。

その際、わが国において、報酬については、個別処遇よりも他の従業員と同じ制度を適用することが現実的な手法であると考えるが、報奨制度やキャリアパスのあり方、名誉等では、従来以上に集団から個別的な処遇を検討する必要性が高まっていると考えられる。

また、「人事労務部門としての要請」と「知財・研究開発部門としての要請」は、時として合致しない部分もあるとは思われる。しかしながら、研究開発者のモチベーションを向上させ、企業が継続的に発展していくためには、人事労務と知財・研究開発部門の両者が理念を共有しベクトルを合わせることが必要であり、両者の弛みない連携がこれまで以上に不可欠となろう。

以上

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