提言 「社会保険制度のあり方について」(平成20年4月)

社会保障制度特別委員会 委員長 山田 隆哉(ダイハツ工業相談役)
社会保険制度専門委員会 委員長 庄司 哲也(西日本電信電話取締役人事部長)

社会保障制度特別委員会(委員長 山田隆哉 ダイハツ工業相談役・本会副会長)の下に、昨年3月に設置された社会保険制度専門委員会(委員長 庄司哲也 西日本電信電話取締役)において、少子高齢化の進行に伴い、給付と負担のバランス崩壊が憂慮される社会保険制度の今後に関して、「社会保険制度のあり方について」との提言を取りまとめた。以下はその概要である。

1. 社会保険制度の意義

年金、医療、介護の各社会保険制度は、国民一人一人の生活における「安心」と「現実的利益」を提供することにより、安定した社会を下支えする重要なものである。また、良好な社会環境の礎となる社会保険制度は、安定した事業活動の前提であり、良質な労働力の確保に繋がる等、企業にとっても大きなメリットが存在し、応分の負担を負っても、その存続・維持に十分な意義が認められる。

2. 制度の根幹を揺るがす問題

(1)給付と負担におけるバランスの崩壊

社会保険制度は、少数の受給者(保険給付受給者)と多数の被保険者(保険料負担者)という給付と負担のバランスを前提に設計されている。しかし、近年の少子高齢化の進行による大幅な給付の増大と負担の減少により、そのバランスが崩れ重大な危機が迫っている。

バランスの崩壊に対しては、「給付の抑制」と「負担の引き上げ」という対処法が採られるが、「受給者」「負担者」双方に不満が生じることが懸念され、その不満が高じれば、制度自体の崩壊すら現実化しかねない。

なお、バランスの本質的な回復を図るには強力な少子化対策が必要である。既に企業においては、次世代育成支援対策促進法に基づく具体的な取組み等が開始されているが、仮に諸対策が功を奏しても、給付と負担のバランス回復への実効が上がるまでには数十年の時間を要することに留意すべきである。

(2)システムの信頼性への疑念

《年金保険制度について》

平成19年6月、宙に浮いた5,000万件の記録が報道され、年金保険制度の瑕疵が明らかとなり、信頼性は損なわれ、制度の根幹を揺るがすこととなった。加えて、納付された保険料の横領事案も報告され、国民の不信感は格段に増幅された。

失われた信頼を回復させるには、個人の識別・認証に係る踏み込んだシステムの検討、職業倫理の確立を旨とする職員教育の徹底、独立した監査機関による適切な監査の実施等が必要であり、その際には、一部民営化や民間の効率性を取り込むという柔軟な姿勢も必要であると思われる。

《医療保険制度について》

最大の不安材料は、膨張し続ける医療費(保険給付)の動向であり、負担者(被保険者)は常に保険料引き上げの圧力にさらされている。膨大な医療費に対しては、レセプトチェックによる確認作業が必要であり、医療事務の効率化、事務の透明化・適正化、さらに医療費の抑制という観点からも有益な、レセプトのオンライン化などのIT化の促進が求められる。

また、医療の偏在化も看過できない問題である。地方医療の縮小化や専門医の不足等、適切な医療サービス提供への支障は、保険制度自体が成り立たないということでもあり、制度の存廃にも係わる問題として有効、適切な対応策が強く望まれる。

《介護保険制度について》

介護保険制度は、平成12年に導入された新しい制度である。高齢化の進行状況や家族内介護を難しくする社会環境も考慮に入れて、制度設計がなされたはずであるが、導入後10年たたないうちに、枠組みの根幹である第2号被保険者(保険料負担の中核)の拡大が俎上に上がることは、制度の安定存続に懸念を抱かせるものである。ただ、受益者側の安易な利用が集中したことも給付の増大の一因と考えられ、受益者側の利用姿勢についても配慮が必要ではないかと思われる。

また、介護事業の運営についても懸念がある。業界最大手企業による不正請求等の発覚は、介護事業の健全性を損なう重大問題であり、利益至上主義の姿勢は厳しく問われるべきである。しかし、一方では、介護事業の低収益性に目を向ける必要もあると思われる。財政上の要請から、給付の抑制は考慮される必要もあろうが、介護を事業として安定継続させるための視点も必要ではないかと思われる。

《企業から見た社会保険制度》

企業は、社会保険制度を支える最大の協力者である。被保険者である社員から徴収した保険料と同額もしくは同額以上の上乗せをして納付するばかりでなく、60歳超の労働者に対する雇用継続措置による年金給付の肩代わりや、定期健康診断による予防医療の実施は健康保険の給付抑制にも貢献している。

しかし、このような企業の貢献は、その努力に見合う十分な評価を受けているとは言えない。このような状況の下、企業に求められる負担額の増加傾向が続くと、企業における財務基盤の健全性が損なわれ、企業の競争力、活力を失う結果にも繋がりかねず、社会保険制度への支援・協力にも影響し、社会保険制度の存続にも影響を及ぼすものと考えられる。

3. 社会保険制度の改善努力

多様な問題を抱える社会保険制度に関しては、平成16年から18年にかけて、積極的な改革が加えられている。

(1)年金保険制度の改革

年金保険制度の改革の柱は、
・マクロ経済スライドの導入
・将来の年金保険料の固定
・基礎年金に対する国庫負担割合の引き上げ
の3点である。

マクロ経済スライドは、将来の被保険者数の減少や平均余命の伸びを踏まえて、年金給付の伸びを抑制するものと説明されているが、大幅な給付抑制を可能とするものではなく、その効果に過大な期待はかけられないものと思われる。

将来の保険料を固定するという考え方は、保険料の引き上げに歯止めをかけるという点では評価できるが、給付と負担のバランスにどのように貢献できるかは不明確である。

基礎年金部分に対する国庫負担の引き上げは、前向きに評価できるが、自助意識が失われないかという懸念が残るものである。

(2)医療保険制度の改革

医療保険制度改革の柱は、
・総合的な医療費の適正化対策
・新しい高齢者医療制度の創設
・診療報酬の引き下げ
等、である。

医療費の適正化対策は、従来からの課題であり、具体的かつ効果的な手法が求められる。ジェネリック医薬品の使用促進やレセプトのオンライン化等は、新しい切り口として評価できる。

しかし、新しい高齢者医療制度の創設は、高齢者医療の分離とは言われているが、実際には支援金名目での負担の継続が求められたり、後期高齢者医療制度に至っては事実上その実施が先送りされる等、評価に値するかは疑問である。

平成18年4月に実施された診療報酬の引き下げ(△3.16%)は、直接的な給付抑制策として評価できるが、その効果がいつまで持続するかは疑問である。

(3)介護保険制度の改革

介護保険制度の改革は
・介護予防へのシフト
・在宅ケアと施設ケアの不均衡是正
・介護報酬の引き下げ
の3点が柱である。

介護予防へのシフトは、健康な状態の維持を図るという意味では適切な方向とは思われる。しかし、比較的軽度の要介護レベル対象者を予防のレベルにシフトすることで、事実上、要介護レベルの基準を引き上げることにより給付の抑制を図るという手法にならないよう留意が必要ではないかと思われる。

在宅ケアと施設ケアの不均衡是正は適切な施策であると思われるが、この改革に関連する療養病床の減床については、社会的入院と呼ばれる介護と医療の狭間に位置する高齢者への配慮が必要であると思われる。

介護報酬の引き下げ(△2.4%)は、給付と負担のバランスを図るという観点からはやむを得ない施策であるが、その一方で、介護事業の低収益性も考慮し、介護サービス事業という産業分野を育てていくという視点も必要であると思われる。

平成16年から18年にかけて進められた以上のような改革には、前向きに評価できる施策もあり、一時的な効果は期待できるかもしれないが、その効果は限定的であり、将来にわたる安定、安心に繋がるとはいい難いと考えられる。

4. 改革の方向-企業にとっての望ましい方向

(1)事業活動を安定して継続できる健全な社会環境の維持

社会保険制度が破綻し、国民生活が混乱に陥り、安定した事業活動が継続し得ないような社会環境が形成されることは、企業にとっても好ましいことではない。健全な社会環境を維持するため、社会保険制度に対し、企業としても応分の負担を継続することは当然のことである。

(2)企業負担への過度な依存は問題

企業として社会保険制度に対し支援を行なうという考え方は明確であるが、無制限の負担を行なうということではない。既に企業は、最大の協力者として十分な支援を行なっている。

給付財源確保のための保険料率の引き上げや被保険者範囲の拡大は、被保険者のみならず企業にも同額もしくは同額以上の負担を求められることとなるが、国際競争が激化する今日、現状を上回る大幅な負担増には慎重な対応が必要である。各種の経費削減対策などによる財務基盤健全化への企業努力を損なうような保険料率の引き上げは、経営そのものへの影響も大きいことから、現行制度における企業負担(保険料率)のあり方も含めて見直しを検討していくべきと考える。

なお、過度の企業負担という観点からは、政管健保の国庫負担に対する健康保険組合による負担の肩代わり提案も看過できるものではない。この安易で場当たり的な措置は、一部企業などに過度の負担を課すものであり、一年限りの暫定措置であることを厳守するとともに、国自身の歳出削減努力及び政管健保の経営努力が強く求められるものである。

5. 具体的改革への提案

(1)国庫負担による社会保険制度維持を宣言実行すべきである

少子高齢化の進行に伴う、給付の増大と負担の減少は、今後数十年にわたり継続する。社会保険制度を維持するためには、給付の大幅削減か保険料の大幅引き上げのいずれかあるいは両方を断行するしかないと考えられるが、現実問題としてその実行は困難と思われる。

保険制度を維持し、国民の不安を解消するためには
・自助意識を損なわないために、応分の負担を納付する現行社会保険方式は堅持する
・国庫負担はあくまで給付の不足分に限定する
・財源は、引き上げ分を目的税化した間接税(例えば消費税)の引き上げによる
・不正請求等への厳格な対応、保険利用の流用等への監査を強化するなど徹底的に無駄を排除する
を原則とした上で、給付財源の不足分を国費で賄うことを明らかにし、国民の不安を一掃すべきである。

(2)保険料納付率の向上に注力すべきである

国費の投入により給付に関する不足分が補填されるとしても、社会保険の枠組みを維持する以上、適切な保険料の徴収は重要課題である。特に、被用者以外の被保険者を対象とする制度(国民健康保険、国民年金)における保険料未納問題への適切な対応が求められる

その意味では、2011年度から年金、医療、介護を統合した「社会保障カード」の導入が提起されているが、前向きに評価できるものと考えられる。更に同カードに所得捕捉機能を含めることで、税金及び社会保険料の一括納付による適切確実な徴収に資するとともに、個人ごとの総負担額(税金+社会保険料)の公平性という観点から、トータルな減免措置を実施することも考えられると思われる。

なお、このような取組みを進めることについては、プライバシー、個人情報に係る問題、 システムのセキュリティに関する脆弱性等の批判も想定できるが、最先端のIT技術を駆使したセキュリティの仕組み作りや運営面におけるヒューマン的な要因に対する防止策としての職員教育の徹底や倫理観の涵養による厳格な管理システムの構築、情報の目的外使用への適切な規制等により、懸念の多くは解消されるものと思われる。

(3)管理の厳格化を徹底すべきである

社会保険制度に対する国民の不安感を助長する原因の一つに、管理運営に対する杜撰な実態への不信感が指摘できる。給付と負担のバランス崩壊に伴う財政上の問題は「不安感」であるが、日常的な事務処理における杜撰な管理に対しては「不信感」であり、この不信感の払拭が難しい問題となる。

職員教育の徹底と内部管理の厳格化に加え、独立した監査機関による監査体制の確立、整備が重要であると思われる。

なお、この点においても、社会保障カードの導入により、個人の側から納付記録等の確認作業が簡易に行えるようになれば、事務処理における管理運営状況の透明性が高まることにより、信頼回復の一助ともなることが期待できる。

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